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桐の話(一)

−奈良・平安時代の資料に表れた桐について−



−桐博だよりVol.2(平成6年8月1日発行)より抜粋−


福島県立博物館 教育普及係長 松田隆嗣


キリ(キリ Paulownia tomentosa Steudel, 以下キリとのみ記載)は、昔から琴などの楽器、箪笥、長持などの家具、建築の装飾材、京人形、面、火鉢、呑口、下駄などの用材として用いられるばかりでなく、その紫色の花が美しいことからウタに読まれると共に鑑賞のため植えられています。そして、材ばかりでなく桐の炭は粒子が細かいことから花火用黒色火薬の材料や眉炭に用いられ、芽や種子は食用あるいは薬として用いられたようです。また、キリは家紋としても広く用いられ、五七の桐の紋所は皇室の紋章としてもよく知られています。
このように、日本の文化や人々の生活、季節の風物など様々な形で深くかかわりをもってきたキリですが、その原産地については、不明な点が多く、韓国の欝陵(うるるん)島であるとする説や大分と宮崎の県境の傾(かたむき)山・大崩(おおくえ)山あるいは島根県の隠岐諸島に自生していたとする説など様々です。
現在、桐と呼ばれる植物としては、キリのほかにアオギリ科のアオギリ(青桐 Firmiana spimplex W.F.Wight)、トウダイグサ科のアブラギリ(油桐 Aleurites cordata Muell.Arg.)、クマツヅラ科のヒギリ(緋桐(あるいは唐桐) Clerodendron japonicum Sweet)、イイギリ科のイイギリ(飯桐 idesia polycarpa maxim.)、ウコギ科のハリギリ(針桐 Kalpopanax pictus Nakai)が知られています。アオギリとアブラギリは中国から、ヒギリは東南アジアから我国に持ち込まれたものとされています。
また、樹木ではありませんが、草本植物としてシソ科のシナノアキギリ(信濃秋桐 Salvia Koyamae Makino)など、桐という名を戴いた植物のあるのも興味深いことです。

桐という漢字がいつごろから用いられているかと言いますと、奈良時代初冬に編纂された「出雲風土記」には赤桐、白桐が、「万葉集 巻五」には梧桐が、記されています。ただ、これらの樹木が今日のどの桐に相当するかは意見の分かれるところです。
また、万葉集のおよそ百五十年後に成立した「新撰字鏡」には、梧と桐の字が挙げられています。これらの漢字には音で木名(梧(支〇之木)と桐(支利之木)が付けられていますが、各々の木の特徴についての注釈が付けられていないため、現在のどの樹種に相当するのかはこの記載からのみでは判断できません。
ただ、正倉院の御物の伎楽面や琴類には、キリで作られた数多くの資料が確認されていることから奈良時代にはキリの入手がかなり容易であったことがうかがえます。
「新撰字鏡」の約二十年後に成立した「本草和名」には、岐利之岐として、青桐、梧桐、白桐、綱桐の名が記録されると共に、それぞれに注釈が付けられています。その記載には青桐には茎皮青旡子と言う注釈から今日のアオギリであることが、白桐には三月花紫と言う記載から桐と名のつく樹木で花が紫のものはキリのみであることから、白桐はキリであることが解ります。
この「本草和名」は、古代の薬物書に当たるため、樹種名と原食物がかなり正確に記されていると考えられます。
「本草和名」の約二十年後に編纂された「倭名類聚抄」には、本草和名の記載をそのまま用いていると思われる部分が幾つか認められます。
また「枕草子」に記載されている桐もその内容からキリであることは明らかです。

奈良時代・平安時代の「きり」に関する記載を並べてみますと梧、梧桐、白桐など様々な文字が使用されていますが、「本草和名」以前においてはこれらの漢字が正確にどの樹木のことを指し示しているのかを認識した上で、漢字を使い分けていたのかどうかは疑問のあるところです。
このような例は、他にも見られ楠、樟もどちらも日本語では「くす」と読みます。どちらの木もクスノキ科の植物には間違いがありませんが、楠はタブノキ(Persea thunbergii Kosterm.)であり、樟はクスノキCinnamomum camphora Presl)であり全く別の樹木です。
しかし、タブノキのことをクスノキと呼んでいる地域もあり、樹木とその名称が地域によっては必ずしも正確に伝わらなかったとも考えられます。
キリについても、この楠と樟に見られるような混乱が生じていたのではないかと思われます。
古代の資料に現れたキリについての記述は、キリの原産地を考える上で重要なことといえます。 しかしこれらの記載からのみでは判断することは困難といえるでしょう。 ただ、近年、別の観点から研究が進み、少しづつですが古い時代のことについても明らかになりつつあります。 このことについては、稿を改めて明らかにしたいと思います。

−桐の話(ニ)−

−桐の話(三)−