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会津桐との出会い

−桐博だよりVol.2(平成6年8月1日発行)より抜粋−


雅楽器笙製作 柴垣 建男


 昨年七月、秋の桐の博物館オープンに合わせ、宮内庁楽部 楽長 多忠麿先生から、展示のための笙製作の以来を頂いたのであります。 多先生には、数年来、お心をおかけて頂いている一人として、正直にお答えさせて頂かねば、と受け止めさせて頂いたのであります。
 雅楽の発生は中国と聞き及んでいる。でも現実派、かすかに源を残すのみであり、より充実させているのは、正に私たちの身近にある。 私の雅楽との出会いそのものも、伝統を守り、代々技術の継承に努力されてきた、楽部の先生方のおかげである。
 「笙」という楽器は、百年も、時には二百年それ以上も生き続け、鳴り続けるものであり、名菅といわれるものも多く残されている。 戦前戦後を通して、素晴らしい笙を製作された方々が数名おられた。 その人たちは選れた竹があれば、日本中のどこであれ、探し求めて走り回った、という話をたびたび聞かせて頂いた。 素晴らしい楽器を生み残すには、この心しかない。私が今一番直面している課題である。
 文化の伝承、それは、その精神を受け継ぎ、追い着き、さらに追い越すことであると自らに言い聞かせている昨今である。
 笙は十七本の竹を立てる。その十七本をしっかり支えている部分を頭[かしら](漆仕上げ、時には蒔絵も施す)と言う。 直接息を吹き込むところ故、水気の吸収にすぐれた桐材がもっとも適しているとされてきたのである。
 五月十二日、桐の博物館館長、庄司氏と、喜多方でお会いさせていただき、素晴らしい会津桐で、頭[かしら]のくりぬきをして下さる職人さんをご紹介頂いた。 心から感謝申し上げる次第であります。
 笙ひとつ製作いたすにも、多くの人たちのご協力があればこそ。ありがたいことであります。





桐 笙(桐の博物館展示品)