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呉女面と装束の復元完成をむかえて

−桐博だよりVol.1(平成5年10月29日)より抜粋−


東京国立博物館法隆寺宝物室室長 浅井和春

庄司喜郎さんが東京国立博物館の私どものところに突然現れたのは、今年の春のことです。 はじめ当室の染色史の専門家である澤田むつ代女史に面会の申し出があり、内容もまさに唐突なものでしたが、あまりに桁外れだったので、つい承諾してしまったというのが実情でした。
なにせその内容たるや、約半年後にせまった桐の博物館のオープンに、伎楽面と装束とを復元陳列してみたい、というのですから・・・。
それは制作期間はもとより、予算のうえでもほとんど常識はずれの、困難なものでした。ただ、あの困ったように笑顔をうかべる庄司さんは、東北生まれの私がよく知る善良な好人物で (東北にはその正反対の陰にこもった人もおりますが)、またあの細身の一見ひ弱なからだからは、想像もつかない、強いエネルギーが感じられたのも事実です。
OKしたなら徹底的にフォローするというのが私の信条です。すぐさま澤田女史と相談のうえ、装束は古代裂の老舗の龍村へ依頼し、伎楽面は東京芸術大学の信太さんにお願いすることとなりました。

さて、この伎楽面ならびに装束ですが、伎楽は推古20年(612)に百済人の味摩之が日本に伝えたと「日本書紀」に記される大陸起源の楽舞で、当時は4月8日の花まつり(仏生会[ぶっしょうえ])や 7月15日のお盆(盂蘭盆会うらぼんえ)のときに演じられたことが知られます。
呉楽(くれがく)ともよばれるように中国の江南、すなわち揚子江より南の地域で成立したことも明らかであり、登場人物には深目高鼻で碧眼のペルシャ系の人々(胡人)や、南方の黒人系とも推定される崑崙人、 さらにはインド系のバラモン僧や中国人など、さまざまな地域の人々による楽舞が集大成されたものとも考えられます。

鎌倉時代の「教訓抄(きょうきんしょう)」には、当時ほとんど廃れていた伎楽の内容が、一部想像もまじえて述べられていますが、そこでは笛や腰鼓、銅抜子(どうばっし・シンバル)などの簡素な楽器により、 行列をつくって練り歩く行道や緩急の変化を加えた舞踊、それにパントマイムを加えた総合的な舞踊劇であったことがうかがえます。 後世の獅子舞いやお祭りの先頭に練り歩く天狗面をつけた猿田彦も、この伎楽に端を発しています。

そして、肝心の桐博に並ぶことになった“呉女”です。 この呉女は先の中国江南の美女に由来し、男根を振りまわす崑崙に追いかけられるのを、力士がこらしめる内容の寸劇場面に登場します。 伎楽のクライマックスの笑いとペーソスをさそうところです。このあと、最終的には酔胡王(すいこおう)と酔胡従の集団があらわれ、バッカスの舞いを演じてフィナーレをむかえるわけです。

今回、庄司さんの申し出により、法隆寺宝物中の伎楽面のなかから呉女を選んだのには理由があります。
それは、この呉女面が、彼の探し求めた日本最古の桐材による芸術作品にほかならないからです。
法隆寺に伝来し、明治11年(1878)に皇室へ献納され、戦後に東京国立博物館の蔵品となったこの伎楽面は、作風から8世紀前半ごろのものとみなされ、同じ献納宝物中の楠材の面 (七世紀後半の作)に次ぐ、非常に貴重な遺品といえます。
オリジナルはかなり傷みの著しいものですが、それがこのたび晴れて昔の姿に復元されたのです。
製作の途中、信太さんは何度も、現品が展示される東京国立博物館内の法隆寺宝物館(保存のため木曜日のみ開館。雨天日は閉館)を訪れ、試行錯誤を重ねたことも熟知しています。 それが今日の結果につながったことは、作品をご覧になった皆様のほうがよくご存知でしょう。 当然ながら、装束も見事な出来栄えと推察いたします。 オープニング当日、私はインドネシアに調査に赴いており、完成品を拝見できないのが残念です。
最後に、庄司さんのすばらしい思いつきが、桐の博物館の門出に花を添え、館のこれからの発展に寄与せんことを心から願います。本当におめでとうございます。
(平成5年10月15日、タイ国ロッブリー市にて)




呉女面と衣装(桐の博物館展示品)


◆写真パネル






伎樂面・呉女 (正倉院宝物) ゴジョ
伎樂面・迦楼羅 (東京国立博物館蔵) カルラ
伎樂面・金剛 (東京国立博物館蔵) コンゴウ
伎樂面・呉女 (東京国立博物館蔵) ゴジョ
伎樂面・酔胡王 (正倉院宝物) スイコオウ
伎樂面・酔胡従 (正倉院宝物) スイコジュウ
伎樂面・太胡父 (正倉院宝物) タイコフ
伎樂面・酔胡従 (正倉院宝物) スイコジュウ
伎樂面・師子児 (正倉院宝物) シシコ
伎樂面・獅子 (正倉院宝物) シシ
伎樂面・迦楼羅 (正倉院宝物) カルラ
伎樂面・師子児 (東京国立博物館蔵) シシコ
伎樂面・酔胡王 (東京国立博物館蔵) スイコオウ
伎樂面・力士 (東京国立博物館蔵) リキシ
伎樂面・力士 (正倉院宝物) リキシ
金薄絵馬頭高:31.5p (正倉院宝物) キンパクエノバトウ
漆胡樽 (正倉院宝物) シッコソン 

漆胡樽 しっこそん
皮袋形の水樽
西地域方で用いられた水を運ぶための 皮袋をかたでとったこもでラクダ馬の背に左右 振り分けて用いられたことの名残を伝えています
桐材の一木から注口部。底板、側板、他の測板の 一部をえぐりだし、その他の部分は、桐の別材を 接着剤と鉄釘で接合して組み立てている。
全体に布着せし、黒漆を塗って仕上げている。 内部にも漆が塗られていると思われる。